本を読むモチベーション
私は本を読むことが苦手である。その証左として、30歳までに読破できた本が『五体不満足』と『ブレイブ・ストーリー』のみであることを申し上げたい。途中で活字を読むことに疲れてしまい、数日経って読み直したときには、それまでの経緯や登場人物があやふやになってしまうことが原因だった。
最近、自分の人生のすべてを医師という職業にbetすることが有益なのか、疑問を持ち始めた。かといって、いきなり職業を変える訳にはいかない。そこで医学以外の知識を求めて本を読み始めた。大学受験界でいうところの”評論”なら、通読できるかもしれないという期待もあった。
その2冊目にあたる本が『ビジュアル・シンカーの脳 「絵」で考える人々の世界』である。
『ビジュアル・シンカーの脳』を読んでみて
ビジュアル・シンカー
本書では視覚思考者の対立項として言語思考者が挙げられている。
「おもに言語思考をする人は物事を順序立てて理解する。だから学校では成績がいい。学校での勉強はたいてい連続していて体系化されている。(p20)」とある。自分の意見を言葉に落とし込めることができる人で、例として口の達者な人や社交的な人が挙げられている。
一方で視覚思考者である著者は、「小さいころ、まわりの世界を言葉で理解できなかった。画像で理解したのだ。たしかに今では言葉を話すが、それでも考えるときはおもに「絵」を使う。(p12)」とある。また、視覚思考者は「物体視覚思考者」と「空間視覚思考者」に分かれると述べられている。例として、物体視覚思考者は機械を見ただけで構造がわかるエンジニア、空間視覚思考者はパターンや抽象的な概念で考える数学者が挙げられている。詳しくは本書を手に取って欲しいが、言語思考寄りの人から見て、言葉が少ないが故に気難しく感じる職人や突拍子もない発想をする数学者の様な人達を指すと思われる。
脳神経外科医の父親
私には脳神経外科医の父親がいる。癇癪持ちで、私が幼少期の頃は理不尽に怒られたことも多々あった。何を考えているのか分からなかった。
先日、酔った母がとある文脈で「お父さんは、CTやMRIの画像を見ればどんな患者さんだったか思い出せる」と言ってきた。でも確かにだからこそ、限られた視野しか確保できない難しい手術でも、自分の頭の中のCT/MRI(絵)を頼りに精力を尽くしてきたのだろうと思えた。母のふとした言葉とこの本のおかげで、父は視覚思考者に近いかもしれないと気が付くことができた。しかし父の下につく先生は大変だろう。自分の手技を言葉で説明できず、目で盗めというタイプに違いないからだ。良い言い方をすれば、正に職人である。
医師のビジュアル・シンカー事情?
以下に述べるのは私の偏見である。
受験戦争を勝ち抜いた医師達においては、多くは言語思考者な気がするが、父の様な医師も一定数存在する。私は病理医のため他科のカルテを参照することが多々あるが、その感想を以下に述べる。
まず外科系に多そうである、電子カルテにCTやMRIの画像のみ添付して文章を殆ど記載しない医師は、ビジュアル・シンカー寄りの可能性が高い。SOAP(カルテのフォーマット)など関係なく、画像のみのカルテこそが心地良いのだろう。一方で内科系、特に総合内科や血液内科、神経内科の医師のカルテは文章が長い傾向がある。患者さんの主訴から検査結果の考察や鑑別診断、次行うべき検査や治療等がびっしりと記載してあるイメージがある。こちらは言語思考者寄りの可能性が高い。もちろん個人の資質や性格に最も起因することは言うまでもなく、専門科で区切るのはナンセンスかもしれない。実際、そちらの方がキャッチーだからという迂闊な理由の下、想察しているに過ぎない。私は詳しくないため具体的には想像できないが、看護師や臨床検査技師等でも同様の事情があることは容易に推察できる。
自分がどちら寄りかを考察しながら仕事するのも楽しそうだ。
Reference
- ビジュアル・シンカーの脳 「絵」で考える人々の世界
テンプル・グランディン著、中尾ゆかり訳
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