仕事の減軽と読書
3か月程度ブログの更新をサボってしまった。こんな読者の少ないブログに何の意味があるのだろうか、そんなことを思いながら今回も更新にあたる。それでも、力を抜いて自由に何かを書き続けていきたい。去年の記事を読み返してみると、もう既に面白いからだ。
さてこの度、諸事情が重なり今月上旬から仕事を大幅に減軽してもらった。休みを頂いた直後は家でゆっくりすることが多かったが、活気がそれとなく戻ってきたため、以前から興味があったノンフィクション作品『対馬の海に沈む』を手に取った。現状の精神力では、第一候補の骨太なポピュラーサイエンス本たちでは手に余るのは明白であった。だが実際読んでみると、フィクションでも通りそうな内容が連発されており衝撃を受けまくった。ここに簡単に書き留めたいと思う。
休職を機に読書し始める人は意外に多いと思う。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が読みたくなるこの頃である。
『対馬の海に沈む』
あらすじ
舞台は対馬。JA対馬の職員西山(44)の運転する車が崖から海へ転落するところから、本書は始まる。西山の体内からは基準値を超えるアルコールが検知された。JAの発表では自殺となっているが、それは真実なのだろうか。他殺だとすると個人のみならず集団的犯行の線もあるのか。
また生前、西山はJAから22億円を横領している。しかしなぜか、葬儀では多くの香典が届き、一部を除き同僚や島民は西山のことを悪く言わない。そもそも22億という大金が何故必要になったのか、一人で横領する金額にしては余りにも巨額すぎる。仮に西山一人で使いきれないとすると、誰がそのお金を手にしていたのか。そして、上司はなぜこの横領を見て見ぬふりをしたのか。
本書は西山の死因を追究することで、JAの構造的欠陥ひいては人間の心の気色悪さ描いている作品だと感じた。
横領へのインセンティブ
JAは巨大な組織のため多くの部署が細分化されており、各々が独立した経営をしている。最も末梢にあたるのが単位農協で、JA対馬もここに含まれる。中枢組織から末梢組織へノルマが割り振られる仕組みとなっているが、この量が殺人的に多い。職員は自爆営業を余儀なくされ、不本意ながら家族や友人にも保険や雑誌を進めることとなる。ある職員は雑誌『家の光』を『ごみの光』と揶揄している(P148)。
この環境は西山をヒーローに変える。詳細な手法は割愛するが、西山は違法な保険営業や保険金水増し等で横領していた。結果的に中枢組織から横領するするため、独立した末梢組織にはお金が増える一方である。これが、西山のみならず他の職員のノルマをもクリアする量であったとすると、周囲は上記の苦痛から解放されることとなるのだ。葬儀の中で「西山のおかげで何年もの職員の給料が出た」と述べられたのは色々と考えさせられる(P43)。
しかし西山は職員全員を救った訳ではない。西山は軍団を作った。軍団に入った人のみがノルマから解放され、数多の接待を受ける権利を得た。裏腹に西山の不正を指摘した職員は弾圧され、最悪の場合左遷されている。軍団の支配力は人事関係にも及んでいた。
共犯者
西山からお金を受け取っていたのは、軍団だけではない。
「建更(建物更生共済)に加入している家が自然災害に遭い、瓦が破損したとする。通常の査定であれば、共済金が10万円しか出ない。ところが、西山はそれを50万円になるように査定して、お客さんに40万円を儲けさせていた。(P264)」
このお金も当然横領したものである。西山から保険を加入した島民は気づいていたのだろうか。第7章「共犯者」は是非とも実際に目を通して欲しい。
犯人がいない殺人事件
この本を読み終えたときブログのネタにすることは確定していた。しかしながら、自分の実生活との結びつきが無さ過ぎて、ここに書き留める内容を捻り出すことが出来なかった。
犯人がいない殺人事件。このフレーズが私には限界だった。率直に言うと、この本の読後感は相当悪いと思われる。西山に立ち向かった数人を除くと登場人物全員が悪人に見えるが、その全員が直接手を下してはいないからだ。西山は、雰囲気や熱狂に文字通り抹殺された様に感じた。
私は今後の人生の中で似たような事例に出会うのだろうか。
Reference
・対馬の海に沈む
窪田新之助著 https://x.gd/SZtMC (amazon)

